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4.82023
『オース』 デザイナーズノート その3
枠組みと愚行
『オース』の制作を始めた時には、まだどのようなゲームを作りたいのか漠然としていました。これ以外のプロジェクトでは、初期段階ですらあふれんばかりの特徴をもっていたのに、『オース』は違っていたのです。いくつもの世代にわたる物語のようなものを伝えるゲームを作りたい、その物語はプレイヤーの決定によって導かれるものにしたいということは決まっていましたが、これは出発地点としては奇妙なものです。ゲームそのものが存在するずっと前に、プレイヤーたちがどのようにそのゲームを語るかを考えるなんて、少し飛躍し過ぎでしょう(傲慢と言ってもいいかもしれません)。でも、『オース』は変な意図を元に作られた変なゲームなのです。歴史は『オース』のゲーム中に作られます。しかし、その物語がゲームとゲームの間に語られ、記憶され、あるいは忘れ去られるようにしたかったのです。思い出が単なる勝利ポイントの一部になるだけではだめなのです。
だから、実際にプロトタイプを作って動かそうという段階になっても、手も足も出ない状態でした。ゲームの具体的なメカニズムに関する確かなイメージがないばかりか、テーマ上の枠組みさえ持っていなかったのです。
最初は、Glen RahmanとKenneth Rahmanの作品『Divine Right』(1979)とだいたい同じスケールでゲームを作っていました。このゲームでは、プレイヤーはファンタジー世界にある十ほどの王国から支持を集めようとして、裏切りとコミカルなどんでん返し、大胆な戦略に満ちた大いなる物語が語られます。他のどのエピック・ファンタジーゲームよりも、この『Divine Right』は有機的にエピック・ファンタジーを生み出していると感じていたのです。これがいい出発地点になりそうでした。
すぐに問題が発覚します。『Divine Right』は時間の掛かる面倒なゲームであり、魅力は長さとルールの多彩さが生み出していたのです。システムを分解して単純化していくにつれ、自分が完全にありきたりのゲームを作る道を歩んでいることに気が付きました。
当時は思い当たりませんでしたが、私が抱えていた問題の多くは、その時に読んでいた書籍ピーター・フランコパンの『シルクロード全史』(The Silk Roads, 2017)から生じていたようです。『シルクロード全史』は素晴らしい歴史書のひとつです。コンセプトは実にシンプルでした。西洋で著された世界史のほとんどは、それまでの二世紀ほどを支配しているヨーロッパの視点で記されていますが、この本は中央アジアの視点から見た世界史を提供していたのです。
でも、これは『オース』の目的を達成するにあたっては、本当にとんでもない本でした。
そのことに気付かないままフランコパンに踊らされ、歴史のゲームは世界史のゲームでなければならないと私は思い込んだのです。フランコパンが悪いわけではなく、単にその本が私の手元にあっただけなのですが。
何か月もの間、私は何十人もの登場人物、そして交易や技術革新、インフラの変化を管理する強固な経済システムを用いた世界設定を扱えるスケールのゲームを作ろうとしました。それによる最高の成果といえば巨大な『Pax Renaissance』の矮小なイミテーションでしたし、最悪のものは1990年代にジップロックに入れて売られていたシミュレーションゲームみたいなものでした。
私はこのプロジェクトを放棄しました。この時点、たぶん六か月ほどもオフの時間を費やしていじくり回した時点で、私の求めるものはそもそも成立しえないと確信するに至ったのです。
その後、たまたまバーバラ・W・タックマンの『遠い鏡』 (A Distant Mirror, 1978)を再読しました。この本は14世紀ヨーロッパの混沌を描いた長大かつ複雑な歴史書なのですが、重大なテーマであるにもかかわらず、タックマンは一族――いや、実際にはひとりの人物、アンゲラン・ド・クシー(Enguerrand de Coucy)だけに研究対象を絞るという手腕を発揮したのです。歴史書がその対象を個人に限定した場合、まるで杜撰な人物伝を読んでいるような感覚を読者に与えることがありますが、タックマンはド・クシーの個人的ドラマをその時代のより大きな緊張の脇役として描くことにより、この問題を回避しています。読者がド・クシーの行動に興味を抱くのは、それが彼自身を語っているからではなく、その時代について語っているからなのです。
それから私は焦点を絞った歴史書、特にその枠組みの問題に向き合っている本を読み始めました。お気に入りのひとつがジル・ルポールの『Those Truths』(2018)です。この本が『オース』に関して大きな発見をもたらしてくれました。『オース』に必要な枠組みは世界規模のものではなく、一国の規模だったのです。地方の歴史を語るために世界の枠組みが必要だと思い込んでいたのです。人類史のほとんどが、それを語る者たちの物語と出自に関するものであると言えるでしょう。それが『オース』のプロジェクトに合致すると思いました。
演劇と演者
ルポールの著作を読み終えた後、私の読書はそれぞれ関連する三種類の分野に枝分かれしました。最初の分野は、さらに古いサガや原史時代に関するもの。二番目はジェイムズ・グリックの驚くべき作品『タイムトラベル 「時間」の歴史を物語る』(Time Travel, 2016)や、マーク・サルバー・フィリップスの『On Historical Distance』(2013)のように過去を振り返るプロセスに関するもの、三番目は説得力のある歴史をもった独自の世界を舞台にしたファンタジーとSFです。
ここまでの作業で、『オース』を歴史ゲームにするべきではないということがどんどん明らかになりました。カイル(・フェリン)が仕事をしたくなるような世界観に適合する、我々の開発リソースを上手く使えるデザインのゲームを作りたかったのです。現実的な設定で歴史ゲームを作ってしまうと、プレイヤーを根拠に乏しい因果関係で混乱させたり、あるいはプレイヤーに未来(ジェットパック)~過去(槍)に関する特定の考え方を押し付けられていると感じさせる恐れがあるのです。私にとって、ゲームは首尾一貫したテーマをもち、手を引かれて歴史上のクライマックスシーンを連れ回されているという感覚をプレイヤーに与えないというのが重要なのです。
この目的のためには、ファンタジーがうまく適合すると思いました。ファンタジー世界であれば、アナクロニズムを恐れることなく長い歴史を創造できます。さらに、すでに構築されている視覚的な言語も提供します。世界構築については後に踏み込みたいと思いますが、今は置いておきましょう。
このことに気付き、世界に関する基本的なアイデアについてカイルと話し合ってから、多くのファンタジーとSFを読み返しました。中でも重要だったのは、N・K・ジェミシン著『破壊された地球』三部作(Broken Earth Trilogy)、キム・スタンリー・ロビンソン著『2312 太陽系動乱』(2312)と『New York 2140』、ロイド・アリグザンダー著『プリデイン物語』(Chronicles of Prydain)、ジーン・ウルフ著『新しい太陽の書』(The Book of the New Sun)、そしてクリストファー・トールキンが父親の作品の発展について記した学術的研究書『The History of Middle Earth』でした。
上記の書籍の中で、『オース』への全体的な取り組みという点に関して非常に役に立ったのは最後の本でした。トールキンが著作の中でどのようにして歴史の感覚を作り上げていったのかを理解しようと『The History of Middle Earth』を読むことのしたのですが、大人になって再読すると、トールキン世界の歌や詩、歴史、漠然とした悲哀、深遠さに心を奪われてしまいました。
『The History of Middle Earth』はトールキンがまず語り手であり、それから熱狂的に手直しとその場しのぎを行った後に、それらを広大なコスモロジーに押し込めようとして成功したことを明らかにしています。これはトールキンへの悪口ではありません。むしろ、爽快ですらありました。
クリストファー・トールキンの研究書から得た一番大事なことは、その場の緊張感が重要だということです。実際のところ、この時に読んだどの小説に対しても、これはあてはまりました。いずれも、世界設定によって裏打ちされた、緊張感あふれる素晴らしいストーリーだったのです。どんなに「レガシー/キャンペーン」を上手く作っても、あるいは世界設定が興味深く魅力的であっても、プレイに緊張感がなくつまらないなら、最初から死んだゲームにしかなりません。
他の小説家も、この事をそれぞれの方法で理解していました。『破壊された地球』は、非常に洗練された魅力的な世界で、心惹かれる秘密も隠されていますが、ストーリーの進行はそれに依存していないのです。キム・スタンリー・ロビンソンの後期のSFも同様で、登場人物と読者は我々の現在から小説の中の現在まで繰り返された選択の誤謬という重荷と戦わなければなりませんが、登場人物にとっては歴史は進行中で、世界秩序がいつ崩れてもおかしくないのです。
私の頭の片隅で、プレイヤーによって成長し変化するゲームを可能にするであろうゲームシステムが形を取り始めました。しかし、これは『オース』がそのシステムに適応しなければならないことを意味します。単にゲームを作って、そのシステムにレガシー型のプレイを組み込むだけということはしたくありませんでした。ダイナミックなシステムを一から作り上げたかったのです。これは様々な問題点を発生させますが、中でもマップが大問題です。ではこの続きは次回に。
――Cole Wehrle 『オース』デザイナー日記より
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